仲間は最大の敵である 著者:吉田作太郎

初級哲学の本「ソフィーの世界」で、ダーウィンの進化論を読んで理解した事とは、「仲間は最大の敵である」という事だ。
生物学用語の種。種にとって一番の敵とは天敵の存在ではない。同じ餌を奪い合う仲間こそ、種にとって最大の敵なのだ。
こう、私は、ダーウィンの進化論を理解した。
こう思い悩みながら、私は、色々な人に、「仲間は最大の敵だと思いますか?実はダーウィンの進化論ではそのようになっているのです。あなたがたの人間関係では、どうでしょうか?」などと質問したら、「そうだと思う」という返事が多かったのである。
高校の倫理社会の教科書を読むと、トマスホッブスは、次の様な事を言った。「万人の万人に対する闘争」
つまり、人間社会は、「仲間は最大の敵である」という事らしい。
それは、もっと簡単に言うと、「人間とは、仲間同士、足の引っ張り合いをしている。」と言う事である。
そこでの解決策とは、「徳のある王様は、神様から人を支配する権限を与えられている」(王権神授説)これ解決策。

孔子は言いました。「君。君たり。臣。臣たり。親。親たり。子。子たり。」
君主は、臣下にとって親の様な存在。だから君主は偉い。それは、天が定めた理り。
そして、これが、孔子が言う権力の意味である。

サラリーマンの愚痴で、上司の悪口を言う人に対して、私は、「出世して権力を得なさい。」とアドバイスするのは、仲間が最大の敵であるからだ。
キリスト教の罪の中で、妬み、僻み、嫉妬。これ、仲間が最大の敵である証拠である。

ダーウィンの進化論の仲間は最大の敵である。この悩みの解決策探しのために、色々と読書した。
キリスト教が、ダーウィンの進化論を否定するのは、「仲間は最大の敵」だからではない。神、創造主の存在を進化論は否定するためだからと言う理由である。
そのため、キリスト教では、私の悩みに対する解決策は無かった。
また、宗教にも解決策は無かった。
経営の本には、喜び見たいのを感じた。しかし、いまいち解決策までには至らなかった。





では、「仲間は最大の敵」であるの解決策をここに述べよう。

経営の分野で「組織力」なる言葉があるが、それにはチームワークが無くてはならない。
これが、解決案である。

強いサッカーチーム、野球のチームには、チームワークがある。そして、必ず技というものがあり、それは連携プレーとも呼べる。
この連携プレーは、武道においては、「技」と呼ばれる。
将棋や囲碁においても、駒の連携プレーがある。
音楽において、ハーモニーも、連携プレーである。
リズムとテンポを合わせて、各楽器が、強すぎる音も弱すぎる音も早すぎる音も遅すぎる音も出さないで、調和させるのも技である。
技は、確実に実戦で出せるようにするために、何度も何度も練習して訓練するものである。

コンピューターにおいて、マルチタスクのシステム。並列処理のシステムも、DFDの設計図は、各タスクの連携プレーの技が書いてある。
という事で、システムには、組織力がありチームワークがあるのである。
システムは、仕事にも存在し、あらゆるゲームにも存在し、あらゆる趣味にも存在する。
そして、このシステムとは、「宇宙」とも呼べる。そんな世界観を持つ言葉だ。

ここまで理解できれば、サッカーは宇宙だ。野球は宇宙だ。スポーツは宇宙だ。武術は宇宙だ。音楽は宇宙だ。囲碁・将棋は宇宙だ。という言葉を納得する事ができるだろう。

この宇宙という私なりの言葉を理解できれば、この森羅万象の宇宙において、「仲間は最大の敵」であろうはずがない。
「仲間は最大の敵」である社会があるとしたら、それは、欠点というよりは、欠陥のあるシステムと呼べるだろう。
それは、正しい答えの元で修復されねばならないシステムなのだ。






宇宙は、組織力のあるシステムである。
ここで、一体感だとか、そういう話は、しない。
機械設計だと、マージンだとか、そういう話もあるが、そういう話はしない。しかし、それに近い話をしよう。
人間社会において、組織力の源泉とは、「信用」であろう。

この「信用」に関して、韓非子の話を元に、語ってみよう。

まずは、冠係と衣装係の話から始めよう。

王様は、ある日、酒に酔って床に寝転がっていた。
それを見た冠係は、王様が風邪でもひかないようにするために、衣装をかけてやった。
王様は、起きた。そして、自分に衣装がかけられているのに気づいて、
「私に衣装をかけたのは、誰か?」と問うたら、「冠係です。」という答えが返ってきた。
それを聞いた、王様は、冠係と衣装係を呼んで、二人とも罰した。
その理由。衣装係は、自分の役目の仕事の責任を果たさなかった。
冠係は、たとえ良い事でも、自分の役目以外の仕事をした。
これが、理由。

これは、人間の役目を機械の部品の設計のように設計して仕事を任せているのである。
機械の部品は、自分の役目以外の仕事はしない。
これが、かえって、組織力を作り出す源泉となる。
機械の部品は、人間力なる言葉では動かない。自分の役目に忠実であるかどうかが重要となるのである。
人間を人間だとは思わない。システムの部品であるというという思想で、仕事をさせたり、社会を機能させるのが、韓非子の基本である。

次に、また、韓非子から。

王様は、爪を切って、自分の手の中に切った爪を全て持っていたのに、こんな事を言いました。「自分の手の中に自分の切った爪の全てが無い。どこへ行ってしまったのだろう。嘆かわしい。」
すると、臣下の中に、こんな事を言う者が出る。「王様。落とした爪は、ここにあります。」
こう言う臣下は、世の中には、必ずいる者で、そう言う臣下は信用できないから、殺しなさい。
これが、韓非子の基本。
つまり、証拠固めした上で、わざと嘘を言って「試す」のである。

では、試すの例でも描いてみよう。

ある日。セールスマンがやってきて、雑談をする事となった。
そして、このセールスマンは、韓非子を知っていると言うのである。このセールスマンは、セールスのために気に入られるために、こんな事を言った。
お客さんは、試した。
冠係と衣装係の話をわざと変えて見てどう答えるかを見極めるためである。
 王様は、酒に酔って、裸で寝転がりました。
冠係がそこにやってきて、この王様に衣装をかけました。
起きた王様は、自分に衣装がかけられていたのを喜んで、誰がこの衣装をかけたかを聞きました。
そして、冠係がこの衣装をかけたと聞いたので、
王様は、冠係と衣装係を呼んで、「問題があれば皆んなで助け合う事が大事なんだ。」と言って、
冠係と衣装係を褒めました。
 これを聞いたセールスマンは、大きくうなずいて、「そう言う事が人間にとって大切なんだよ。」と言いました。
果たして、このセールスマンは、信用ができるかどうか?

ざっと、こんな話を作るあげる事ができるのである。

ただし、子供は、この上に、輪を描いて、こんな事をしでかす。
相手を試し、その上、信用できない根拠を答えとして話してしまうのである。
大人は、こんなバカな事をしてはならない。
試すとは、あまり、人に褒められる事では無いからだ。
子供のような喧嘩は、大人は、やらない。
ただし、相手の事が信用がおけるかどうかを判断するためには、致し方なくやるのが「試す」なのである。

以上の事を考えて、私は、「仲間は最大の敵である」と言う問題を解決していった。
そして、私は、社会に対してこのような望みを持っている。
経営者とは、「従業員に徳を積ませて儲けを得る」のが役割だと。
そうだとすると、誰もが、韓非子の支配の理論から成る社会よりも、ずっと素晴らしい社会を作る事ができるようになるだろう。



仲間は最大の敵である。それは自然状態。自然状態から平和を作る道とは、もしくはシステム化するための道とは、「秩序」を作る事である。世界秩序、社会秩序。
秩序とは、どこから作られるか?それは神の御心である。そして、それが、組織の理念となって組織のシステムに秩序を構成、構築してゆくのである。
理念とは、システムを構築している神の御心と言う精神を言葉にして表すものである。
ヨハネの福音書の最初。「初めに言葉ありき。」それは、神の精神であり御心であり理念であったのだ。
ただし、神の御心で作られたシステムも、神の御心を忘れて、社会秩序だけ取り残されたら、身分の序列だけで物事を判断する世界が誕生する。これは、まだまだ救いがある世界だが、世界の意味が失われて秩序だけ残った世界である。だから、原点が必要だ。その原点とは神の御心である。そして、それは理念なのである。
それは、世界に意味を与える言葉、秩序に意味を与える言葉なのである。初めに言葉ありきの世界の中では。

ここで、理念とは、神の御心を言葉にしたもの。システムの精神を言葉にしたもの。
秩序とは、従うべき行動の規範。例として、身分の序列を言い表す礼儀が言える。
トマスホッブズの王権神授説の王、孔子の君主は、神の御心を行う中心人物という事になるだろう。

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